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「男と女のともまな大学2010~死の周辺」が始まりました

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今年も「男と女のともまな大学」が開講いたしました。テーマは昨年にひきつづき「死の周辺」。
第1回(7月23日)は女性学研究者の源淳子さんに来ていただき、「死と差別~ケガレに洗脳されてきた日本人」と題してお話しいただきました。
生と死の「境」・男と女の「違い」をケガレとしてきたこと、ケガレを排除して権力者が自らを浄いものとしてきたことなど、私たちが今まで知らなかったことをいろいろとわかりやすく話してくださいました。
暑い中、大勢の参加者の方々が熱心に聴講してくださいました。
次回は8月27日(金)午前10時からです。

開講時に発行しました「男と女のともまな大学NEWS2010 Vol.1」は以下のとおりです。

男と女のともまな大学NEWS2010 Vol.1
―私たちの常識、それは権力からの洗脳?―

きらっとぴあの「男と女のともまな(共学)大学」にご参加頂き有り難うございます。
 11月修了まで、皆様とともに良き学舎づくりに励んでまいりたいと思っておりますので、ご協力の程よろしくお願いいたします。
 さて、この「ともまな大学」は、私たちの常識を問い直すセミナーです。
 取り上げるテーマは、「死の周辺」。何か不透明で、こころに多くの不安を感じる現在。人間にとって最大なる恐怖で不安な「死」キーワードに、「不安の源」を探り、今をもっと楽しく生きる術をみんなで考えていこうと思います。
 ところで、いろんな議論を呼んだ改正臓器移植法ですが、この7月17日から施行されました。
「人の死は、どこからが死なのか?」という問いかけに対して、この法律は、生前の書面での意思確認があり、遺族が拒まない場合に限り、「脳死をもって人の死」と定め、その臓器を摘出できると規定しました。すなわち法的には、人の死は、今までの心臓死から法的脳死と言うことになったのです。科学が進歩する中、この世にいろんな人がいろんな状況下で生きている限り、どこかで規定しなければならないのでしょう。しかし、“死”という側面から考えれば誰しもが納得していないのではないでしょうか。
 それは、まず、すべての判断を科学に委ねて良いのかということです。今回は、臓器移植法の規定ですが、死を考える上で、それ以前に臓器移植をどう捉えるかです。肉体と魂を分離して考える宗教では、死は肉体の終焉を意味するだけで魂は永遠に生き続ける。さらに死んだ屍にも魂はあるとまで訴えます。
 つぎに今回の法律のように「どこまでが生で、どこからが死か」という “点”で全てを考えて良いものか?と言うことです。ひょっとすると人は時間をかけて土に帰ると言うように“線”で死を迎えているのかもしれません。人は、臓器等が不全になるから死ぬのではなく、死のプロセスのなかで徐々にカラダが不全になっていくと考える人もいるかも知れません。
 とにかく今回の法律の議論でも重要視されなければならないのが、養老孟司氏が言うように「死は科学が決めるものではない。一般的な“死”を気にすることはなく“死は個人の自由だ”」ということではないでしょうか。
 さて、我々に必ず訪れる“死”。誰も経験した人はおらず、その分だけ人生最大の恐怖であることには間違いないようです。死んだ人に話が聞ければ、これほどまでの恐怖とはならないはずなのですが、臨死体験をした人の話は、あったとしても科学的検証がされないと人はなかなか受け入れません。
 しかし、私は長い歴史の中で、この死の恐怖を逆手にとった人もいたように思うのです。それは、権力を掌握した人達。権力者は、自分の力を誇示するため、死に纏わる職業に携わる人々を始め、死に纏わる習慣、風習も含め差別の対象とし、邪魔になる人々を社会の外へと追いやってきたのでないかと最近思うのです。第1回目にあたる今回は、ケガレに代表されるように、死に纏わる負のイメージで民衆を洗脳したり、誘導してきた事柄も含め、民衆の死の捉え方、そして差別との関係性についてお話しいただきます。                         (浅田 繁夫)

by kirattopia | 2010-07-26 12:07 | Trackback | Comments(1)

 

Commented by キューピット at 2010-07-29 17:25
女性史は裏の歴史と言われ、一般的にはあまり知られていなかった。
高野山のもとの地主神は、丹生津媛という女の神様でした。
高野山に鎮座していたところへ弘法大師が入り、
仏教が入り込んでから、女人禁制になったそうです。
源淳子先生に以前、女性史を学んだ時、「地母神は女の神様です」!
先生の女性学は、日本の歴史や宗教からもよく理解できた。
常識の中の差別・偏見を、よく考えてみる事の大切さを学んだ。(感謝)

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